2005年08月11日

北前船のロマンを追って25 100年前の写真、そして家族

北前船25 昨年、セピア色になった祖母の15歳当時の写真を手に入れました。多分100年近く前の写真と思います。祖母は、父が1歳のときに、24歳で亡くなり、父の記憶の中にもなかった祖母でした。そのセピア色の祖母の写真が、私の子供の頃の記憶をよみがえらせ、その後、インターネットで祖母の実家を調べるようになり、今回の北前船の航路をヨットで航海している小坂さんへとつながっていきました。

セピア色の写真の中の祖母は、毎日、私に何かを語りかけているような気がします。80年以上前に亡くなっていても、私達は、家族です。”おばあちゃんのことは、忘れてはいませんよ”とメールを送りたくなります。  

------------------------------------

北前船の航路をヨットで航海した小坂さん、メールをありがとうございました。

 

神戸のhokuraさん、トラックバックやコメントありがとうございました。hokuraさんのサイトは、ほんとうに興味深い話題がたくさんありました。ありがとうございます。

suirenさん、コメントありがとうございます。

今回の北前船のロマンを追っては、終了ですが、また北前船の新しい情報が入り次第掲載させていただきます。読んでいただいた皆様、ありがとうございます。

 

  

Posted by mtwindam at 08:44Comments(1)TrackBack(1)

2005年08月10日

北前船のロマンを追って24 北前船の寄港地探索50日間終了

北前船の航路をヨットで航海している小坂さんからのメールをご紹介します。昨日の続きです。

--------------------------------------

日本海に入ってからは静かなものでその点、風もなく機走のみで単調な航海となりましたが途中佐渡赤泊に寄港し、蒸せるような暑さの九十九帰りました。
今回のクルージングを省みますと、帆船とは言え70パーセント位は機走でした、限られた日程で航程を消化しなければならないので仕方のないことかも知れませんが、無動力の初歩的帆走装備の北前船で日本海そして瀬戸内にかくも多くの功績を残し活躍された先人達の偉大さに敬意を表するものです。

 

北前船の寄港地探訪と北海道一周の旅を終え本日帰宅しました、6月15日能登九十九湾を出発新潟県寺泊港を初め36港に寄港50日間の旅でした。

----------------------------------------

小坂さんお疲れさまです。途中からでしたが、メールと画像ほんとうにありがとうございました。 

  
Posted by mtwindam at 08:38Comments(2)TrackBack(0)

2005年08月09日

北前船のロマンを追って 23  一路能登半島へ向けて。

来前船23 北前船の航路をヨットで航海している小坂さんからのメールをご紹介します。先週の続きです。

---------------------------

小島には、明るいうちの入港が困難な場合はそのまま南下してもよいと思っていたが灯台に火が灯る頃になりどうにか入港が出来ました、島では、密漁監視人の夫婦が夏季だけ暮らしていてその奥さんが輪島生まれとテレビ番組で見たことを思い出し尋ねたところしばし話が弾みました、この島も今は静かですが昨年の台風で防波堤が決壊大打撃を受けたとのことでした。翌朝も、気圧の谷の接近で大気は不安定だとの天気予報でにわか雨に合うことを覚悟で自然の残る小島に未練を覚えながら一路能登半島を目指しました。明日に続く….
---------------------------------------------

小坂さんは、北海道を一回りし、能登半島を目指し日本海を南下したようです。1ヶ月を超えるヨットでの旅、私もたいへん楽しみました。ありがとうございます。

この「北前船のロマンを追って」は、もう2日ほど掲載予定です。お楽しみに。

  
Posted by mtwindam at 08:24Comments(0)TrackBack(0)

2005年08月05日

北前船のロマンを追って 22  濃霧の函館

北前船22

北前船の航路をヨットで航海している小坂さんからのメールをご紹介します。

---------------------------------

私の函館滞在予定は1週間の予定であったので30日早朝次の寄港地松前小島に目指すつもりでしたが夜が明けると濃霧です、近くに係留中の遊漁船が見えない有様です、小島に明るいうちに入港するには、7時がタイムリミットです、どうにか対岸が見えるくらいに回復したので舫をはずしGPSの入港時の航跡をたどり港外に出ました。日が高くなるとともに霧も晴れ好天となったがやはり東進する潮流に逆らいながらの航行となりました、松前港沖を過ぎても一向に潮流は衰えません、このような時の北前船は相当の東風が吹かないと日本海に抜けることが出来なかったと思いました。 この続きは、来週火曜日…….

------------------------------------------

画像は、小坂さん撮影の濃霧の函館です。函館から帰路についた小坂さんからのメールです。太平洋から日本海へ。潮の流れが早く、そのためたいへん良い漁場であることも確かです。太平洋を北上する魚、日本海から太平洋へ抜ける魚の通り道になっている津軽海峡です。青函トンネルができる前は、この津軽海峡を渡れば本州、そして内地(北海道では本州は内地と呼ばれてました)でした。

この続きは、来週火曜日に掲載します。

  
Posted by mtwindam at 08:27Comments(0)TrackBack(0)

2005年08月04日

北前船のロマンを追って 21  ルーツ探索の旅

北前船20 人間は、年をとると何故、自分のルーツを追いかけたくなるのでしょう。何か、突然、脳の中のスイッチが入ったように、気になりだし、記憶をたどり、そして調べるようになりました。多分、DNAの中に、この年齢になったら、DO…….プログラムされているのかもしれません。昔を知っている人達は、亡くなり、子供の時のわずかな記憶だけがたよりでした。北前船という言葉も心の中の遠いところに残っていたかすかな記憶でした。先人に学べという言葉がありますが、そのとおりと今思います。何故か、若いときは、その言葉の意味がよくわかりませんでした。今、もっと聞いておけばよかったと後悔しています。

 

  
Posted by mtwindam at 09:07Comments(2)TrackBack(0)

2005年08月03日

北前船のロマンを追って 20 北前船で運んだ輪島の漆器?

北前船 19私の家に、とっても塗りが良い重箱があり、母が大事にしていたのを思いだします。母の実家にも、料亭で使うような、牡丹の絵が入った漆器が大事に保管されていたのを覚えています。どこから買ったのかはわからないが、前からあったと言っているのも不思議でした。今回、北前船を調べていて、これは、輪島からのものではないかと思っています。きっと北前船がもたらしたものでは?

両親どちらの先祖も石川県の出身と聞かされて育ちました。輪島塗があっても不思議ではないのですが、どうやって運んできたのかがいつも不思議に思っていました。北前船は、商品の販売だけではなく、それぞれの土地の食習慣や、伝統を伝えたようです。

  
Posted by mtwindam at 08:24Comments(0)TrackBack(1)

2005年08月02日

北前船のロマンを追って 19 函館、高田屋嘉兵衛

北前船の航路をヨットで航海している小坂さんの昨日のメールの続きです。

-------------------------------------

通常の倍の時間を要してようやく今回の北海道周航の最終目的港函館金森倉庫前泊地に舫いをとりました。
函館は、なんと言っても高田屋嘉兵衛はあまりにも有名ですが、早速資料館に足を運びました。資料館では石川県の先人達の展示物はなかったものの、kitamaeサイトでは箱館における石川県関係の北前船主では、千島や北洋漁業に活躍した加賀橋立出身の忠谷久蔵、平出喜三郎、久保彦助、西出孫左衛門などがいます。西出孫左衛門は、かつて箱館山をすべて所有しており、箱館山は、西出山とも呼ばれていました。との記述がありました。
-----------------------------------------

高田屋嘉兵衛で有名な函館は、北前船の後、アリューシャンでの鮭鱒漁の船団の出港地となり、船団が旗をなびかして函館港を出ていくニュースをみた覚えがあります。突然、鮭鱒漁が始まったのかと思っていましたが、その前には北前船の歴史があったのだと今納得できます。

 

hokuraさん、トラックバックありがとうございます。”乗りかかった船”というのが面白いですね。

  
Posted by mtwindam at 08:48Comments(1)TrackBack(0)

2005年08月01日

北前船のロマンを追って18 ヨットは、恵山から函館へ 

北前船 18

北前船の航路をヨットで航海している小坂さんのメール、昨日の続きです。

-----------------------

恵山岬を函館方面に回ったところに山背泊港がありますが、やはり北前船はこのあたりで風待ち潮待ちをしたのでないかと思いました。
椴法華港から函館までは半日位の距離なので余裕を持って午前7時出港天気は上々恵山岬を回ったころから向かい潮が強くなり汐首岬辺りではついに艇速2ノットを割ることもしばしばありました、潮流の弱い時刻を見計らい航行すればこのようなことはないと思いますがおそらく北前船では押し戻されたことと思います、また追い風のときは潮流と風が逆になるので複雑な三角波は発生すると思います。

この続きは明日……
---------------------------------------

画像は、小坂さん撮影です。小坂さんのヨットは、最新の機器を搭載し、安全第一ですが、100年前は、何もなく、このような潮の流れで時間がずいぶんかかったのではと想像してしまいます。

 

神戸のhokuraさんトラックバックありがとうございます。hokuraさんのサイトは、いつも興味深く拝見しています。

  
Posted by mtwindam at 08:25Comments(1)TrackBack(1)

2005年07月29日

北前船のロマンを追って17 ヨットは、襟裳から恵山へ

北前船17

北前船の航路をヨットで航海している小坂さんからのメールが追加で入りましたのでご紹介します。昨日の続きです。

---------------------------------

苫小牧では観光も、と考えがあったのですが別の行事予定が迫っていたので、室蘭を飛ばして函館へ向かうことにしました、天候にも拠ると思いますがこのあたりまで来ますとようやく夏らしくなりました。
 いっきに函館まで行けない距離ですが何しろ津軽海峡は5ノット近くの東進する海流があるとの事ですから大事をとり、恵山東側の椴法華港に入港しました、地元の方に車で温泉まで送ってもらう好意を受け恵山のすばらしい景観に見とれました。この続きは来週に続く…..
---------------------------------

画像は、小坂さん撮影です。

恵山は、あまり知られてませんが、とっても綺麗だったことを覚えてます。温泉があったと思います。100年前の北前船の人々も温泉などで、疲れを癒したのでしょうか?

  
Posted by mtwindam at 08:36Comments(1)TrackBack(1)

2005年07月28日

北前船のロマンを追って16 濃霧の航海

北前船 16 北前船の航路をヨットで航海している小坂さんからのメール、昨日の続きです。

-------------------------

襟裳港はうねりが入り泊地としては適さずとうとう我慢できなくなり夜中に出港苫小牧に向かいまし。夜が明けると快晴に恵まれ日高山脈を遠望快適な航海となりました。苫小牧には、15時30分に入港しましたが活気ある港で北海道の中核工業地帯の物流拠点であることを実感しました。
濃霧の航海、北前船の苦闘がしのばれます。

------------------------------------------------

画像は、小坂さん撮影です。100年前もこのような霧が出ていたと思います。現在のような、コンピュータもなく、ただただ経験だけの航海だったのではと思います。

  
Posted by mtwindam at 09:00Comments(0)TrackBack(0)