2005年08月31日

情報処理技術者集まれ! 市場は、昨年末から激変! SE・PG不足です。

2年くらい前になりますが、情報処理のシステムエンジニア、プログラマーの方から仕事ありませんかとよく聞かれました。特に、35歳をすぎた年齢の方から聞かれることが多く、景気が悪いからしょうがないなと思っていたら、昨年末くらいから市場は激変。

今度は、周囲からシステムエンジニア、プログラマーいませんかとの問い合わせです。仕事があるのに人がいない。たった1年くらいの間に様変わりです。市場とはこんなものなのでしょうね。最近では、45歳くらいの方はもちろんのこと60歳の技術者(定年退職後)の方まで仕事があるようです。やはり経験は、どこかで生きるんですね。当然のことですが。

 

 

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SE・PGでお仕事お探しの方、田中(mtwin@k6.dion.ne.jp)までご連絡を!  

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2005年08月29日

情報処理技術者集まれ! 技術者不足です!!

日本は、今年くらいから急激な高齢化社会へ変化し、団塊の世代が定年退職するときどうなるのかとよく言われている。幼稚園からずっと競争の中ばかりを歩いてきて、どこへ行っても人、人、人の人生。団塊の世代が、定年退職に近づき、やっと一息つき、自分独自の人生を歩きたいと思っていると思うが、そうはうまくいかない雰囲気。

もう既に、技術者不足がはじまっている。メインフレームを使用している企業がまだまだあるからとのこと。アセンブラーの技術者募集が今でも続いている。団塊の世代の皆さん、まだまだ働く必要ありのようです。

 

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1.   ネットワーク管理できる方募集 週2〜3日、個人事業主の方に最適。

2.   C,C++できる方募集 

3.   ソリューションの拡販支援

以上、詳細は、田中までお問い合わせ下さい。  
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2005年08月26日

情報処理技術者集まれ! ミドルエイジの皆さん経験を生かそう!

貧乏暇なしで仕事にとっかかっていて、ブログはお休みしてましたが、新たなトピックで再開です。

日本は、バブルがはじけた後、失業者が増え、地獄の日々でした。特に、情報処理の世界は、昨年までは、仕事があっても30歳代半ばまでと言われてましたが、今年になって仕事の量のほうが多くなっている気配です。情報処理技術者の方には、朗報と思います。プログラミングの経験ある方(年齢に関わらず)、ぜひご連絡を。お仕事情報は、以下を参照。

 

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1.   ネットワーク管理できる方募集 週2〜3日、個人事業主の方に最適。

2.   C,C++できる方募集 

3.   ソリューションの拡販支援できる方募集

以上、詳細ご希望の方、コメントを入れてください。

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東京地方、昨晩は、台風で一晩中雨でした。皆さん大丈夫でしたか?

 

 

  
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2005年08月11日

北前船のロマンを追って25 100年前の写真、そして家族

北前船25 昨年、セピア色になった祖母の15歳当時の写真を手に入れました。多分100年近く前の写真と思います。祖母は、父が1歳のときに、24歳で亡くなり、父の記憶の中にもなかった祖母でした。そのセピア色の祖母の写真が、私の子供の頃の記憶をよみがえらせ、その後、インターネットで祖母の実家を調べるようになり、今回の北前船の航路をヨットで航海している小坂さんへとつながっていきました。

セピア色の写真の中の祖母は、毎日、私に何かを語りかけているような気がします。80年以上前に亡くなっていても、私達は、家族です。”おばあちゃんのことは、忘れてはいませんよ”とメールを送りたくなります。  

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北前船の航路をヨットで航海した小坂さん、メールをありがとうございました。

 

神戸のhokuraさん、トラックバックやコメントありがとうございました。hokuraさんのサイトは、ほんとうに興味深い話題がたくさんありました。ありがとうございます。

suirenさん、コメントありがとうございます。

今回の北前船のロマンを追っては、終了ですが、また北前船の新しい情報が入り次第掲載させていただきます。読んでいただいた皆様、ありがとうございます。

 

  
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2005年08月10日

北前船のロマンを追って24 北前船の寄港地探索50日間終了

北前船の航路をヨットで航海している小坂さんからのメールをご紹介します。昨日の続きです。

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日本海に入ってからは静かなものでその点、風もなく機走のみで単調な航海となりましたが途中佐渡赤泊に寄港し、蒸せるような暑さの九十九帰りました。
今回のクルージングを省みますと、帆船とは言え70パーセント位は機走でした、限られた日程で航程を消化しなければならないので仕方のないことかも知れませんが、無動力の初歩的帆走装備の北前船で日本海そして瀬戸内にかくも多くの功績を残し活躍された先人達の偉大さに敬意を表するものです。

 

北前船の寄港地探訪と北海道一周の旅を終え本日帰宅しました、6月15日能登九十九湾を出発新潟県寺泊港を初め36港に寄港50日間の旅でした。

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小坂さんお疲れさまです。途中からでしたが、メールと画像ほんとうにありがとうございました。 

  
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2005年08月09日

北前船のロマンを追って 23  一路能登半島へ向けて。

来前船23 北前船の航路をヨットで航海している小坂さんからのメールをご紹介します。先週の続きです。

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小島には、明るいうちの入港が困難な場合はそのまま南下してもよいと思っていたが灯台に火が灯る頃になりどうにか入港が出来ました、島では、密漁監視人の夫婦が夏季だけ暮らしていてその奥さんが輪島生まれとテレビ番組で見たことを思い出し尋ねたところしばし話が弾みました、この島も今は静かですが昨年の台風で防波堤が決壊大打撃を受けたとのことでした。翌朝も、気圧の谷の接近で大気は不安定だとの天気予報でにわか雨に合うことを覚悟で自然の残る小島に未練を覚えながら一路能登半島を目指しました。明日に続く….
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小坂さんは、北海道を一回りし、能登半島を目指し日本海を南下したようです。1ヶ月を超えるヨットでの旅、私もたいへん楽しみました。ありがとうございます。

この「北前船のロマンを追って」は、もう2日ほど掲載予定です。お楽しみに。

  
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2005年08月05日

北前船のロマンを追って 22  濃霧の函館

北前船22

北前船の航路をヨットで航海している小坂さんからのメールをご紹介します。

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私の函館滞在予定は1週間の予定であったので30日早朝次の寄港地松前小島に目指すつもりでしたが夜が明けると濃霧です、近くに係留中の遊漁船が見えない有様です、小島に明るいうちに入港するには、7時がタイムリミットです、どうにか対岸が見えるくらいに回復したので舫をはずしGPSの入港時の航跡をたどり港外に出ました。日が高くなるとともに霧も晴れ好天となったがやはり東進する潮流に逆らいながらの航行となりました、松前港沖を過ぎても一向に潮流は衰えません、このような時の北前船は相当の東風が吹かないと日本海に抜けることが出来なかったと思いました。 この続きは、来週火曜日…….

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画像は、小坂さん撮影の濃霧の函館です。函館から帰路についた小坂さんからのメールです。太平洋から日本海へ。潮の流れが早く、そのためたいへん良い漁場であることも確かです。太平洋を北上する魚、日本海から太平洋へ抜ける魚の通り道になっている津軽海峡です。青函トンネルができる前は、この津軽海峡を渡れば本州、そして内地(北海道では本州は内地と呼ばれてました)でした。

この続きは、来週火曜日に掲載します。

  
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2005年08月04日

北前船のロマンを追って 21  ルーツ探索の旅

北前船20 人間は、年をとると何故、自分のルーツを追いかけたくなるのでしょう。何か、突然、脳の中のスイッチが入ったように、気になりだし、記憶をたどり、そして調べるようになりました。多分、DNAの中に、この年齢になったら、DO…….プログラムされているのかもしれません。昔を知っている人達は、亡くなり、子供の時のわずかな記憶だけがたよりでした。北前船という言葉も心の中の遠いところに残っていたかすかな記憶でした。先人に学べという言葉がありますが、そのとおりと今思います。何故か、若いときは、その言葉の意味がよくわかりませんでした。今、もっと聞いておけばよかったと後悔しています。

 

  
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2005年08月03日

北前船のロマンを追って 20 北前船で運んだ輪島の漆器?

北前船 19私の家に、とっても塗りが良い重箱があり、母が大事にしていたのを思いだします。母の実家にも、料亭で使うような、牡丹の絵が入った漆器が大事に保管されていたのを覚えています。どこから買ったのかはわからないが、前からあったと言っているのも不思議でした。今回、北前船を調べていて、これは、輪島からのものではないかと思っています。きっと北前船がもたらしたものでは?

両親どちらの先祖も石川県の出身と聞かされて育ちました。輪島塗があっても不思議ではないのですが、どうやって運んできたのかがいつも不思議に思っていました。北前船は、商品の販売だけではなく、それぞれの土地の食習慣や、伝統を伝えたようです。

  
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2005年08月02日

北前船のロマンを追って 19 函館、高田屋嘉兵衛

北前船の航路をヨットで航海している小坂さんの昨日のメールの続きです。

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通常の倍の時間を要してようやく今回の北海道周航の最終目的港函館金森倉庫前泊地に舫いをとりました。
函館は、なんと言っても高田屋嘉兵衛はあまりにも有名ですが、早速資料館に足を運びました。資料館では石川県の先人達の展示物はなかったものの、kitamaeサイトでは箱館における石川県関係の北前船主では、千島や北洋漁業に活躍した加賀橋立出身の忠谷久蔵、平出喜三郎、久保彦助、西出孫左衛門などがいます。西出孫左衛門は、かつて箱館山をすべて所有しており、箱館山は、西出山とも呼ばれていました。との記述がありました。
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高田屋嘉兵衛で有名な函館は、北前船の後、アリューシャンでの鮭鱒漁の船団の出港地となり、船団が旗をなびかして函館港を出ていくニュースをみた覚えがあります。突然、鮭鱒漁が始まったのかと思っていましたが、その前には北前船の歴史があったのだと今納得できます。

 

hokuraさん、トラックバックありがとうございます。”乗りかかった船”というのが面白いですね。

  
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